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 ★癌で死ぬこと。P 役場の手続き
★葬儀の前に、役場の手続きがいる。
゛愛した地から゛さよなら゛の重要な手続きだ。
住民課で「死亡届け」を提出した。
「火葬場の予約時間の書き込みが無いと火葬許可書がでません。」と役場。確かに「火葬許可書」がいる。「家族が火葬場に直接電話をし予約を取って下さい。」と言う。
不慣れな手続きの電話を。
「その日は、朝から火葬場は、空いている。」との返事に、朝一番の予約を申しでた。
予約者の名前を告げると「個人の予約は受け付けない。」とのこと。
役場担当者は、「そんなおかしい話は無い。家族に取ってもらっています。」と言う。兎に角「火葬許可書」がいるが、火葬場も役場もなかなか厳しい姿勢である。
火葬場の断りは、「以前、家族からの連絡に間違いがあって困った事例があった。」と言う。   人生最後で、とんでも無いことが起こるものだと驚いた。
温厚だった麻野は、こんな時、どうしただろうか?゛と考えた。
★〜国民は、日本国憲法で保障されている。〜のだが・・・・。

     〜成熟した社会を市民でつくろう!
             勇気と情熱をそそごう! 
                  高い理念で大道を歩もう!〜

      2010・5・12・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。O 夜伽
★お寺に連絡し、「夜伽」の準備をした。子ども達や孫達も手伝った。その夜、住職がきて葬儀に入った。夜伽が終わったのが、夜の10時になっていた。「死者から、エネルギーを与えられる。」と言う柳田邦夫氏の文面を読んだが、不眠なのに、とても元気に動けた。その夜、NPOの2人が、葬儀の「打ち合わせ」をしたいと言った。が、「新しい葬儀」の準備はできていた。 「新しい葬儀」への心配をしてくれていた様子だが、時間は無かった。  
葬式用に準備した写真の中で、麻野が笑っている。
   ★゛頑ばれ!゛と★

        〜自分の人生は、自分でデザインしょう!
                   感謝しながら自立して生きよう! 
                          助け合いの輪を広げよう!〜

      2010・5・11・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・  

 ★癌で死ぬこと。N  命の終末と旅じたく
★とても静かな旅立ちだった。
死去する前日の朝、衰弱が進み声も出しづらかった。それでも「今、目が覚めた。」と唇を動かし笑っていた。そして、その夜も「もう、寝る時間だな。」といつもどおり横になった。几帳面な日常生活は、最期まで変わらなかった。そして、夜中の3時頃、そのまま、昏睡状態となり、翌朝10時に永眠した。
 生前「死ぬまで生きられるのだから、心配はいらない。」と穏やかだった。
「無言で死ぬ」ことを選んだ麻野らしい最期だ。
 死去した日は、彼岸入りの暖かな春びよりだった。
 麻野の部屋は゛幸せの家・ありがとう゛の2階にあった。
藍住西幼稚園児が゛ふれあい活動・時間通貨゛にきていて、可愛い子どもの歌声や小さなリズミカルな足音が2階に響き「幸せの中で」72歳の生涯を終えた。
★しばらくして、主治医の往診があり、死亡確認した。
その後、家族で旅路の支度を。3ヶ月前に新調した礼服に着替えた。
人生の良きパートナーだった麻野のそんな姿に、これからの「葬儀も人生も寄り添ってくれるのだ。」と自信を持った。
その日は、みんな無言だった気がする。

    〜 一生懸命生きよう!
             誠実に勇気をもって生きよう!
                  自分を信じ、人を愛そう!〜

         2010・5・9・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。M  祭壇の準備と葬儀の準備
★白布と黒布、ロウソク、りん、挨拶文の用紙、当日のお礼の品々などをインターネットで購入した。挨拶文の文面は、本来の形を基礎にして、より感謝の気持ちと麻野と共に生前葬を行ったことも書くことができた。
葬儀は、初めての経験だが、麻野に心を寄せて準備したことで不安はなかった。
当日の花も、花屋さんを3軒ほど回れば揃う。花スポンジも多さん用意し寝棺の周りを花で埋めた。
初めから、顔の周りを5っの花束で飾った。
出棺の時も大きな花束を麻野にプレゼントしたかった。
その花束を抱いて゛幸せの家・ありがとう゛から出棺してほしかった。
葬儀の後、「お別れ会」もしたいと料理も頼んだ。・・・どれも、さびしい辛い作業だった。
本当は麻野にすべて相談したかったが、「普通の葬儀」を希望していた麻野は、「葬儀の準備などとんでも無い。」と言っただろう。

        〜どんな時も夢をもとう!
                高い理念のもとに活動しよう!
                     みんなで幸せになろう!〜

         2010・5・8・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。L 旅衣装 
★旅衣装は、白装束が普通らしい。
そんな準備は、縁起でもないと考える人もいるが、きちんときれいにして見送りたいと考えた。                                会社人間だった麻野は、白いワイシャツに作業服でそのほとんどを過ごし、たまの休みは、結婚式やお葬式に出かけ礼服を着ていた。                                病気になって17kgも痩せた麻野は、死去する前に礼服だけは新調した。
その礼服を旅路にも着せたいと思い品の良い物を選んだ。死去する3ヵ月前のことだった。
★白装束もなかなか気に入ったデザインが無く結局仕立てることにした。
身体が硬直した後も着衣できるようマジックテープで工夫しデザインした。
20年前、お墓も設計したが、とてもモダンで今も気にいっている。
こうした、旅立ちの準備も゛癌で死ぬこと゛だから、できたと麻野に感謝した。

  〜一生懸命生きよう!
           誠実に生きよう!
               自分を信じ、人を愛そう!〜

         2010・5・7・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。K  祭壇の準備と寝棺
★゛幸せの家゛で、葬儀をするには、ある程度、広い会場がいる。
本棚や机は、白い布を被せば、花祭壇に利用でき、電気スタンドは、花祭壇を美しく演出できる。床は、養生シートを敷くだけで土足でよい。
そして、祭壇には、麻野が愛した孫の手紙や絵、大切にしている千羽鶴だって、麻野の傍に置くことができる。
仏教と葬儀の歴史をみると決まりなど無く、まして、葬式と寺院を考えると何も気にしなくて良い。
ただ、「普通の葬儀」と希望していた麻野の思いを考えると、゛世間の目゛もあるだろうと・・・・。いろいろ考えてみたが、兎に角、ベストを尽くし麻野に思いをよせて準備したいと考えた。
 早速、リース会社へ。テント・椅子・机などお願いすると看板まで引き受けてくれた。
後は、寝棺だった。最期に、ステキな寝棺で寝させたかった。そして、お別れに来て下さった方達に、麻野と人目だけでも会ってほしかった。その為に、寝棺の半分は透明で天井はアーチ型のおしゃれな寝棺を購入したいとインターネットでさがした。
★そんな時、NPO法人のリーダーが、寝棺の写真を持って尋ねてくれた。
 葬儀社を尋ね゛がっかりして帰った日、ヘルパー研修を受けると来た方だった。
 不思議すぎる人の絆に驚いていると「新しい発想が無いためか、NPO活動が進まない。」と。
「では、新しい発想は、私が!」と思わず !・・。とってもうれしかった。
 こうして、不思議な出逢いに感謝ししながら準備を進めた。

    〜一生懸命生きよう!
           誠実に生きよう!
               自分を信じ、人を愛そう!〜

     2010・5・6・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。J  位牌の準備
★葬儀についての、゛戒名゛が決まったので、位牌の準備をした。
゛位牌゛も近代的なデザインがあり、墓の変わりをするものまであった。
゛墓゛は、若い頃つくったが、寺の檀家でないことと゛「仏教゛は、一つ、人の大道も一つ」と考えると、家族で準備する葬儀は基本的には゛自由゛であった。
ただ、「普通の葬儀」との希望があり、麻野の思いにベストを尽くし準備をしたかった。
葬儀の時から「仮位牌」でなく「本位牌」で拝んでもらった方が道理にあっていると考え、戒名を彫り込んでもらって購入した。
その位牌には、表は、戒名を書き込み裏は俗名で、その中に、お骨も入るようになっている。
近い将来を考えると、私も、散骨してその中に入れてもらえば、夫妻のお墓にもなる。
そして、後に、桜の下にでも散骨してもらったら、自然葬への希望もかなう。
もちろん、麻野は、望みどうり、お墓にも納骨する。
早速、新しいデザインの位牌を準備した。
位牌は、黒ぬりに金文字で描かれ芸術的なものであった。
゛戒名゛の付け方も俗世界から仏の世界にと考えれば、9文字で、その一生をその人らしく付けるのは、おかしい話だが「普通」は、そうしているらしい。

   〜自分の人生は、自分でデザインしょう!
           最期まで 自立して豊かに暮らそう! みんなで勉強会をしましょう!〜

   2010・5.2・・・・・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。I 仏式の葬儀について。
★麻野とは、45年ほど一緒に暮らしたが、希望の一つは、「結婚のこと。」「退職後、社会貢献をすること。」「死去したときの葬儀を普通にすること。」の3つだった。
最初の2つは、お互いに協力できたが、後の希望は、私が一人で準備することだった。
*宗教は?・・「仏式でよい。」 *戒名は?・・「普通でよい。」 *遺言書は?・・「尊厳死を頼む。」
「兎に角、死ぬまで普通に暮らすのだから、何も心配いらない。」と笑っている。
そこで、お寺に。お寺のご住職は、一応、お受けして下さったものの「家族が、仏教を理解するよう。」とのお話しに、宗教心の無いことに嘘もつけず・・お断りを。
そして、しばらくして、以前、墓地のことでお世話になったご住職にお願いし、「仏教のことは、歴史的な理解しか無い。」ことを正直に話したが、気持ちよくお受け下さり「仏式」での希望はととのった。
後は、「戒名」について「普通」を調べた。
まずは、。麻野の父親の戒名を。○○院・・・・・・とある。それに従えば良いとのことで、本人に、本人らしい戒名をつくって見せた。
「良い戒名だ。」と気にいっていた。が、今思えば、何となくどんな戒名でも「よい戒名だ。」と言ったような気もする。こうして、「普通の葬儀」への準備を。
    (仏像写真は、生前、麻野が弟の様に大切に思っていた方が彫られた彫刻です。)

   〜自分の人生は、自分でデザインしょう!
            最期まで 自立して暮らそう! 〜  

   2010・4.28・・・・・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 ★癌で死ぬこと。H 45年間の活動とボランティアとの出逢い。
★麻野は、サラリーマンとして40年間 無遅刻、無欠勤で勤め上げた。日本の経済発展の中 企業戦士として、驚くほど健康で、毎回の献血でも表彰状を頂くほどだった。兎に角、寝る時間以外は会社人間として勤め上げ、毎日、6時30分には、出勤し21時まで働いていた。
 人事課や総務課勤務であったことから、夜は、ほとんど毎日21時過ぎから仲間達と自宅での宴会が始まる。
 仲間達の飲酒の準備から、夜中に自宅までの送りまで、その上、独身者の泊もあって、正月やお盆休みも2人とも休んだことが無かった。本人は、お酒は好きでなかったが、仲間づくりと人が大好きだったこともあり、私的な時間は殆ど取れず、映画ひとつ行かなかった。
 たまの休みは、結婚式かお葬式へと。それでも退職まで健康に暮らしていた。
そして、組合闘争の激しい頃、何故か「もし、僕が突然死んでも泣いたりしないよう。きちんと葬儀をあげ、子ども達を育てるように。」と何度も話していた。そんな、麻野の遺言に?「命をかける仕事があるのか」と驚いた。が、良きパ-トナーになろうと、墓を建て自立するため働きながら、育児と仲間の接待は一気に引き受けることにした。そして、何ひとつ趣味を持たない麻野は、退職前に、「2人で、何か社会貢献をしたい。」との希望だった。「傾聴・受容・共感」などに、すぐれたコミュニケーションを持つ麻野にびったりな活動と、さっそく自宅を開放しボランティア活動をすることになった。それが、1995年(平成7年)の7月のことでした。

〜自分の人生は、自分でデザインしょう!
            いつも夢をもとう!心豊かにくらそう!
                        そして、支え合おう!〜 

   2010・4.25・・・・・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・

 2010年4月21日・藍住西幼稚園82名の園児達が、地域の居場所゛幸せの家゛に来所!
★新学期を迎えた元気な児園児達で、地域の居場所゛幸せの家・ありがとう゛は、子ども達でいっぱいになりました。
 今では、毎月の行事になった゛子ども達のふれあい活動゛時間通貨です。
 
 ゛可愛い声゛゛小さな足音゛゛きらきら輝く目゛とてもとてもステキです。
 園長先生や先生方も新しくこられた先生、そして、引き継がれた先生・・・ありがとう!ございます。今年もよろしくお願いします。

〜未来を創る子ども達に学ぼう!そして、子ども達の力をのばそう!
                     新しい豊かな社会を創るために!〜

    2010・4.21・・・・・魔法の言葉〜ありがとう〜を添えて・・・・

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